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木祖村名勝地 薮原宿高札跡

更新日:2022年02月03日

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江戸期になると、幕府中心の幕藩体制が確立した。その情報伝達方法として「高札場」が都市・宿場・在郷等に設けられた。
初期には法度や掟書など老中交替の都度高札として出された。正徳年間以降(1711~)変更のないのはそのまま「定札」として幕末まで維持された。他に「覚」等の高札もあって時期により掲示枚数が違う。
薮原宿の高札場(御判形とも呼んでいた)は高さ二間三尺幅二間四尺の建造物で、この場所にあった。
左に下る坂道(旧中山道)一帯を出口といって京方からの宿場入り口のあたり、ここが鍵の手(枡形)のような道になっているため、人々が集まり目につき易い所だった。掲示の高札は宿場町らしく、定三札(人倫・徒党・切支丹)と駄賃札等が主だったと思われる。木祖村郷土館には、当宿場に掲示されていた幕末末期の定三札の一つがある。

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令和3年度長野県地域発元気づくり支援金を活用し多言語翻訳事業を実施しました。

この記事へのお問い合わせ先

木祖村役場 教育委員会

住所:長野県木曽郡木祖村薮原1191-1/ 電話番号:0264-36-2001/ FAX番号:0264-36-3344

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