源流の里 木祖村
サイト内検索
文字サイズ
小標準大
木祖村今日の天気木祖村の今日の天気コミュニティバス時刻表コミュニティバス時刻表アクセスマップアクセスマップ
EnglishEnglish中文簡体中文簡体中文繁體中文繁體한국어한국어
ホーム木祖村紹介行政情報木曽川交流村の施設観光
現在位置:HOMEの中のライフステージ(くらしの便利帳)の中の分類一覧の中の子育て・文化・スポーツの中の芸術文化・文化財の中の文化財関係から極楽寺本堂附棟札1枚

極楽寺本堂附棟札1枚

極楽寺本堂附棟札1枚

薮原地区の東側中高地にある。臨済宗妙心寺派に属し、山号を法城山という。

釈迦如来を本尊とし、右に迦葉尊者、左に阿難尊者を脇侍とする。

開基は元亀・天正年間(1570~1592)薮原郷主古畑十右ェ門正貫により、茂林和尚を請じて開山した。

当時は、木曽川西岸の倉籠(くらろう)の地にあって、大龍山禅林寺と称したが、度重なる水害を避けて上町裏に移り、「水を去って土と成す」の義をもって、法城山極楽寺と改称した。

のち忠屋(ちゅうおく)和尚の寛文2年(1662)に町並の大火で焼失し、万事不便のため、同4年(1664)中町裏に移った。

その後、貞享3年(1686)寺島勘右ェ門、現在の境内を寄進し、元禄4年(1691)禅外和尚の代に棟札に見られる堂宇が建立された。

本堂は、昭和17年まで入母屋造(いりもやづくり)の茅葺きで、構えは正面に室中(しつちゅう)を、その左右に上間(じょうかん)・下間(げかん)を設け、また、室中の奥に仏間(本尊安置)が、その左右に位碑堂が置かれ、本堂の外側に切目縁を巡らし、いわゆる方丈形式にならっていたが、荒廃が進んでいたので、この年、大改修が行われ、屋根は現在の桟瓦葺(さんかわらぶき)にふき替え、内部も修復された。

のち昭和31年に庫裡が、昭和41年観音堂も改築され、また、昭和55年に本堂の位牌堂を現在のものに増改築した。間口9.5間、奥行9間である。

棟札は、長さ73.3cm、上幅21.2cm、下幅18.6cmで、表面に「妙音祥圓満佛日増長之棟札」として、建立趣旨をしたため、「住持関山國師十六世小比丘禅外叟 干時元禄四辛未七月吉祥旦」と、下方に「大工 牛丸善右衛門 同助七郎 上村冶右衛門 奥屋長左衛門 牛丸彦三郎」と記し、裏面は、「建立之致支配者也」として「篠原喜兵衛」ら26人の名がある。

「木祖村の文化財めぐり」(S61.3.25発行・木祖村教育委員会)より

お問合せお問合せ
リンク集リンク集サイトマップサイトマップ個人情報保護方針個人情報保護方針利用規約利用規約
木祖村役場 〒399-6201 長野県木曽郡木祖村薮原1191-1GoogleMaptel: 0264-36-2001 fax: 0264-36-3344