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衣更着神社本殿

衣更着神社本殿

衣更着(きさらぎ)神社は、宮沢川が菅川と合流する地にある。神社の由来については不明であるが、一説によると、もと菅村の上村(かみむら)にあった氏神宮と同じ地に祀られていたと伝えられる。

宝暦7年の『吉蘇志略』によれば、「按ずるに衣更著之名甚だ新なり然し里民は伝を失う。由る所を知らず。惜い哉。祭礼八月朔日。」とある。

昭和11年の『長野県町村誌』には「衣更着神社 村社 社地東西十二間、南北十間、面積八畝歩 菅耕地の東方にあり。祭神事代主神。祭日九月十一日。」とある。

前面に神楽殿があり、石段を登った正面に衣更着神社、その右側に八幡宮、左側に氏神宮が祀られている。

これらは、明治42年9月神社合併により、上村の氏神宮と神出にあった八幡宮をここに合祀したものである。

現在、氏神宮の跡地には、宮元であった上栗屋、大平、原邑の人々によって、祠跡保存の記念碑が建立されている(大正4年建立)。
建築については、いずれも覆屋の中に建つ一間社流造(いっけんしゃながれつくり)、こけら葺の社殿である。

衣更着神社は、向拝に軒唐破風(のきからはふ)が取り付けられ、向拝虹梁(こうはいこうりょう)の上には松、琵琶板に鳳凰の彫刻がついている。
装飾性の強い正面に比して妻飾(つまかざ)りは本蟇股(ほんかえるまた)、虹梁(こうりょう)、大瓶束(たいへいつか)で、簡素である。
江戸時代後期の立川流の影響を受けた工匠の作とみられる。
八幡宮もほぼ同年代のものとみられるが、氏神宮はそれより古く江戸時代中期のものとみられる。
なお、衣更着神社には虚空蔵菩薩(こくぞうぼさつ)の懸仏と、鰐口が奉納されている。
祭礼は毎年9月1日に行われていたが、近年は9月の第1日曜日に行われている。
祭礼には獅子舞が奉納されるが、昔は「衣更着神社の花火祭り」といわれたほど花火が盛んに打ち上げられたものである。
若い衆が競って花火を作り、竹のタガをはめた木の筒で花火を打ち上げ、境内では盛大に木曽踊りが行われたという。
西筑摩郡誌』には「往古祭典二月なりしなるべし、陰暦二月の異名衣更着なればなり」とあるがその確証はない。
昭和59年8月合祀70年記念事業として、境内の整備が行われ、鳥居二基も新しく建てられた。

「木祖村の文化財めぐり」(S61.3.25発行・木祖村教育委員会)より

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