標高1,197m。木祖村と塩尻市奈良井(旧楢川村)の境に位置し、太平洋へ注ぐ木曽川と日本海へ続く奈良井川の分水嶺ともなっている。
和銅6年(713)の頃は、「懸坂(あがたざか)」とよばれ、「吉蘇路(きそじ)」の名称で官道として開かれていた。
鎌倉時代以降は、「奈良井峠」あるいは「藪原峠」と呼ばれた記録があるが、明応年間(一説には大永年間)、この地で戦に勝った木曽義元が、神に感謝し鳥居を建てたことから「鳥居峠」と名づけられた。
江戸時代、この峠は中山道の有数の難所であったが、交通の要所でもあり、参勤交代や日光例幣使など、公用者をはじめ、伊勢参宮や善光寺詣りの善男善女、御嶽登拝の道者などの通行で、大いに賑わった。
指定区域内には、「木曽義元由来の碑」、「明治天皇駐輦記念碑」、「明治天皇お手植の松」、「御嶽遥拝所」、木曽義元が戦勝祈願文をしたためるに用いたという湧水「硯水(すずりみず)」、また防護に備えた「狼煙台・砦跡」と伝えられるところもある。
「子産みの栃伝説」や、芭蕉の句にも詠まれた「栃の巨木」が群生している。
「木祖村の文化財めぐり」 (S61.3.25発行・木祖村教育委員会)より
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