源流の里 木祖村
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沿革・村民・憲章

木祖村の沿革

 旧中山道の難所と言われた鳥居峠を境に、木祖村は戦国時代には武田氏と木曽氏の領地争いが続き、戦乱に巻き込まれた地でもあります。

 江戸時代に徳川幕府が天下を支配した後は、村内薮原地区は旧中山道六十九宿の一つ「薮原宿」として栄えました。江戸時代の中頃(元禄十六年)より現在伝統工芸品として生産されている「お六櫛」の元祖である木櫛の生産がはじまったのもこの頃です。享保十二年、当時村内のそれぞれの人口は、薮原宿1,162人、薮原在郷470人、小木曽589人、菅357人で合計2,578人が住んでいたと記録に残っています。

 明治時代に入り、明治7年には薮原村、荻曽村、菅村が合併し木祖村となりました。明治17年には薮原村、小木曽村、菅村に分村しましたが、明治22年再び合併し現在の木祖村となりました。

 木曽谷に中央西線や国道19号線が開通し、木祖村でも主力産業の木工産業を中心に栄え、また昭和初期に開設された薮原スキー場は(現在やぶはら高原スキー場)には中京方面からの多くのお客さんが訪れ、観光産業も昭和初期より盛んにおこなわれています。現在では中央高地特有の気候を利用した高原野菜の生産も盛んにおこなわれています。



木祖村村民憲章

 わたくしたちの村は、山深い草かげにうまれた雫たちが、大河となって太平洋にそそぐみなもとの里です。
 恵まれた自然の中で、すこやかで、さわやかに、心豊かなふれあいを深めながらのびていく木祖村。
 わたくしたちは、歴史に学び、未来へ夢をつないで、新しい時代にふさわしい郷土の建設をねがい、この憲章を定めます。
一、緑と水に恵まれた豊かな自然を守り、快適な生活ができる村をつくりましょう。
一、地域の特性を生かし、調和のとれた産業が栄える村をつくりましょう。
一、環境を整えて、幸せと福祉の充実する村をつくりましょう。
一、たくましい創造力で、深い教養と文化のかおる村をつくりましょう。
一、健康で働く喜びを大切にし、希望あふれる明るい村をつくりましょう。


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