源流の里 木祖村
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お六櫛とは?

お六ぐしの里

櫛屋看板
櫛屋看板
 「お六櫛」…わずか10cmにも満たない幅に、およそ100本もの歯が挽かれたみねばりの小さな櫛は、江戸時代から中山道の名物、御嶽信仰や善光寺参りの土産として全国に知られていました。 現在でも、ここ薮原宿を中心に作られているお六櫛は、実用品の櫛であるとともに長野県伝統工芸品として愛され続けています。
 長野県木曽郡木祖村。木曽川最上流の村で、総面積140平方キロメートル、そのうち87%が山林で、豊かな森林と水源に恵まれ「源流の村」として発展しています。
 中山道随一の難所といわれた「鳥居峠」の南に位置する薮原宿は、江戸時代には「中山道どまんなか」の宿場であり、東西の接点として、また飛騨街道の追分として交通の要所でもありました。その薮原宿で「お六櫛」が作られるようになったのは、江戸時代の享保年間とされます。
お六櫛職人
職人の仕事:川口助一翁(1914~2003)
(人間県宝:平成7年認定)

伝説の中の「お六櫛」

 妻籠の旅籠屋に「お六」という美しい乙女がいました。お六はいつも頭の病に悩まされておりました。 そこである旅人が教えてくれたように御嶽大権現に願掛けをしたところ「みねばりという木で作ったすき櫛で、朝夕髪を梳かせば必ずや治る」というお告げがありました。お六はさっそく言われるとおりにみねばりの櫛を作り、朝夕髪を梳かしているうちに、日ならずしてお六の病はすっかり直ってしまいました。
 このことがあって、近くで取れるミネバリで作った櫛を旅人に売り出したところ大変な評判となり、全国に知れわたりました。 享保のころになって鳥居峠の近くに材料となるみねばりの木があることから薮原でもお六櫛を産するようになったと言われています。

薮原のお六櫛

 享和二年(1802)太田蜀山人『壬戌紀行』には、
----ゆくゆく薮原の駅にはいれば、駅舎のさまにぎわし、お六櫛・あららぎの箸ひさぐもの多し、此所より諸国につたうという…(中略)…お六櫛のことをとうに、お六といえる女はじめてみねばりの木をもて此の櫛を引き出せり。しかるに此のあるじのおじなるもの此業をつぎて、みねばりの木をつげの木をもて此櫛をひき、諸国にひろめしより、あまねくしれりといえる、薮原またやご原ともよぶ----
とお六櫛の記事が掲載されています。
包紙と木櫛
元禄の年号が見られる
包紙と木櫛
(木祖村郷土館蔵)
文化四年(1807)山東京伝の原作である『於六櫛木曽仇討』という芝居が拍車をかけて、お六櫛はさらに全国にその名を広め、大流行をきたすことになりました。
 弘化年間には宿内の78パーセントの家が櫛に関する仕事に携わっていた事がわかっています。
 明治9年の記録によれば「木櫛892筒 東京、京都、大阪をはじめその他諸所へ輸送す」とあります。1筒とは約1200枚を1梱にまとめたもので、892筒は約100万枚になります。
 薮原では一口に「お六櫛」と総称していますが、その種類は多岐にわたり、梳き櫛・解かし櫛・挿し櫛・鬢掻き櫛などがあります。さらにそれぞれに形や大きさ、歯のつけ方などの違いによって様々な名前がつけられています。
於六櫛木曽仇討
於六櫛木曽仇討
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