GoTo木祖村 木祖小学校

更新日:2023年09月27日

昭和14、5年ころ校舎の改築が考えられるようになった。そのころは戦争の真っ最中であったが、村ではこれに取り組まなければならなかった。16年当初、村の議会でこの問題が取り上げられたが、戦局もますます深刻となり村財政も大変な時期であった。村の議会の議事も進展しなかったが、ときの小学校長山田清が学校から大きな世界地図を議会に持ち込み、現在の戦局と教育の重要さを訴え、とうとうと弁舌さわやかに述べ、学校建築問題を決定に追い込んだというエピソードもあった。校地の選定も難儀を極めたが、薮原大久保地籍に決定した。しかしますます深刻になった戦争に若い人たちは駆り出され、整地工事から校舎建築の大工まで、人で不足で工事はなかなか進まなかった。村内の各団体の勤労奉仕や青年学校の生徒、国民学校の児童までが駆り出された。現在のように重機械もなく、すべて人間の手作業であった。建築資材は薮原の町から人の背や肩で運んだ。大人や上級生は重い角材を、小学生は短い板などを運んだ。建築現場では吉田の斉藤今朝次棟梁が、2、3人の大工を相手に大きな建物と懸命に取り組み、17年8月新校舎上棟式を挙行した。昭和19年12月6日、校舎は一部未完成であったが、生徒半分を移すこととなり、国民学校初等科5年生以上と青年学校を新校舎に移転し、4年生以下は下の校舎に残して2か所に分かれての授業となった。

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木祖村役場 住民福祉課 保健係

電話番号:0264-36-2001/ FAX番号:0264-36-3344

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